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ジャズ こらむ:9
落語のすすめ
2008年10月21日
『落語のススメ』

 今さらながら、落語は良い。何と言っても、ヒーローが出てこないところが良
いのだ。多くの噺は、どこにでもいそうな駄目な奴らの日常のできごと。そこにある
おかしみや温もりは、時代が変わっても色褪せることがない。
 新宿末広亭、池袋演芸場あたりの寄席で聴くのも、もちろん良いが、ぶらぶら
と散歩しながらiPodで聴くのもまた楽しい。
 夕暮れ時、志ん生の噺を聴きながら歩いてると、まくら(本題に入る前の短い
話)に、こんなやり取りが出てきた。

 あるところに一組の夫婦がいる。傍から見ていると、どうしてわざわざ一緒に
いるのか不思議に思えるほど、何かにつけてゴタゴタと揉めてばかり。
 そこで近所の人が、おかみさんの方に訊ねてみた。
「お前さんとこのあの人、見込みがあって一緒になってんの?」
「見込みなんざ、ありゃしないよ、あんな奴!」
「じゃあ、どうして一緒になってんのさ?」
「だって、寒いんだもの」 

 こういう言葉に出会えるから、落語は止められない。
セレンディピティな酒
2008年09月20日
セレンディピティな酒

 水曜日は美人と食事がしたくなる。理由は特にない。強いて言えば、一週間の
中だるみ気分を吹き飛ばしたいからだろうか。
 先週の水曜は、ある女性と食事に出かけた。「水曜の食事の相手」にふさわし
い魅力的な人だ。彼女と二人きりで食事をするのはこの日が初めて。シャンパンで乾
杯をし、こんな話をした。

 シャンパンを発明したのは、17世紀のフランスの修道士ドン・ピエール・
ペリニヨン。ドン・ペリニヨンという銘柄名は、彼の名からつけられた。ブドウを発酵
させて造った白ワインをもう一度、瓶の中で発酵させる(二次発酵させる)というのが、
彼が見つけたシャンパンの製法だ。
 この発明、偶然の産物だという説がある。当時、ワイン造りをする人々は、完
成するとまず領主にそれを報告し、飲んでもらうことになっていた。しかしある時、
ドン・ペリニヨンが領主を訪ねると、留守で数日戻らないという。帰りを待つうちに
、偶然、二次発酵が起こり、シャンパンが生まれたというのだ。

「セレンディピティ(ステキな偶然)が生んだお酒なのね」と彼女。
「君との出会いもセレンディピティだね」とは、あえて言わずにおいた。
 言葉にはせず、自然に彼女にそう感じさせるのが、大人の流儀というものだろう。

詩とジャズ
2007年09月21日
山田かまちの詩

ふと

浴槽に体を沈める

ああ

これが肉体なのだな

これが肉体なのだな




短い詩がすきだ。

次のはゲーテか。

ちがうかもしれぬ


:
金魚

おお、濡れたペットよ!


今日の教訓
2007年09月20日
電機メーカーの展示会のイベントしてきました。

と、こ、ろ、で 「連合」という言葉を知っていますか。

心理学でいう連合。 高級車だけの写真と、

高級車と美女が一緒にいる写真があると、

後者の高級車のほうが購買意欲が高まるそうです。

美女の持つ [高級感」や[手に入れたい]などの イメージと、

車が合体するそうです。 だから、美しい女性のでるCM多いんですね。



で、イベント。 MCのおねーチャンのプレゼンテーションがないときは

ヨーロッパ系いわゆる白人のモデルさんが商品の前で にこやかに

ポーズをとっていました。 ああ、コレも連合だなあと思ったのですが、、、。

移動中に足元がふらついて、 指先もピッとしていないので、

だらしない感じがしました。 せっかくの美人さんなのに、ちょっとがっかり。



展示が終了し後片付けをしていたところ一部のパンチカーペットだけ、

ものすごい毛玉がでました。 掃除しているのだが、毛繕いしているのかよくわからなくなりません。

重箱の隅をつつくような話ですか、ほんの小さなことが、がっかりすることもあるのです。

きょうの教訓

安いパンチカーペットは毛玉が出やすい。
barのことあれこれ
2007年09月19日

 「親父のなじみの酒場は僕にはちょっとまだ敷居が高いんだな」。

 

9月○日。ある古書店で「ブリオ」を買うか否か悩む。ハイカラなチョイわる親父の雑誌である。 なやんだのはバーの特集だったからである。    

その中のとある記事で。

「親子2代で通いつめる本格派バア」 なる特集で「親父のなじみの酒場は僕にはちょっとまだ敷居が高いんだな」という甘ったるい言葉が若者の写真と共に書いてあった。

一体なんぼつかう酒場ぞや。

 小生、20歳のころからまともな呑み屋でしか酔っていなくまた、酔えないたちなればこの若者が「敷居が高いんだな」というその実際は金がきついというだけのことではなく、もっと精神的な理由があると考えたい。

たとえば自分の家業や恋人のために肌をさらし、血を吐いて働いたことがない人間に「カティサーク、ダブル、氷はいらない」などと照れずにいえるだろうか。

***気障は気障な人生を歩んだ人だけの特権である。 *****

 

 

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ジャズと関係ないようで本当に関係ない話
2007年09月17日
我ははりつめたる氷を愛す

で有名な詩人
室生犀星の本を本日浅草の古書店まつりで買ったらなんと!
直筆サイン入り!。

「○○様
著者」

と最初のページに記されています。
それは明らかに本人の筆跡。
ぷちお宝でしょうか?
ただ「室生犀星」と記るさずに「著者」となっているのが残念です。これで価値は少し下がることでしょう。


にしてもなぜ「室生犀星」とかかず省略して「著者」と書いたのでせうか。

芥川が死んで何年もたったとき「同君(芥川)に見てもらいたいのは交際の足繁かったあのころの私ではなく、(いろいろ勉強をつんで高齢となった)今の自分である」と
嘆いていたというエピソードを考えるに
自分の送呈本に自分のフルネームを記さなかった理由というのは
「私など、本当は、みなさまの期待に沿えるようなものはまだ書けていないのです。自分で自分を『室生犀星』などとかしこまって呼ぶようなおこがましいことはできないのです。」
という謙虚な告白ではないかと思えてくる。

犀星はお寺の下女が家主と関係して孕んだ私生児である。
彼は産みの母の顔を知らず、悲しくさびしい幼年期を金沢ですごしている。小学校をあがると働きに出された。
この『犀星』という苗字は実の父である僧侶の性だが、この父は認知していなかった。
それでこの苗字を本人は疎ましく思っていたかもしれない。
あるいはほこりに思っていたのか。

なぜ犀星が贈呈本に自分の名前をきちんと書かなかったのか
その
本当の理由は今となっては知る由もない。
今日の偉人・才人
2007年09月17日
今日の偉人・才人
(そんなコーナーあったっけ?)


『議論が進むにつれ、サタンはいや増す怒りで尻尾を打ち付けた。
そして猛烈な暗闇の光線が彼のくぼんだ目から射出された。だが最後に、
私が彼のことを言語の悪習慣にすぎないと公然と非難したら、大爆発が
起こり、空気が周囲から中に流入し、その恐ろしい姿が消えた。地獄の
暗い空気-―これは濃厚になった無の光線によるものであったが-―
魔法のように取り払われました。タイプライターの前に座っていた猿と
思われたものが、突然、文芸批評家となってあらわれました。
やかんは沸騰し、トランプはごたまぜになり、新鮮なそよ風が窓から
吹き込み、ビフテキはビフテキの味がしました。
強烈な開放感とともに、私は目覚めました。
私の夢がどんなに精神錯乱状態の外見を伴っていたとしても、
私の夢のなかには、叡智が含まれていたことがわかりました。
その瞬間から熱が下がりましたが、精神錯乱状態-―あなたがそのように
考えている-―は続いてます。精神錯乱・・・。』

                   1954.「形而上学者の悪夢」より

バートランド・アーサー・ウィリアム・ラッセル
(Bertrand Arthur William Russell, 1872年5月18日 - 1970年2月2日)

1950年 - ノーベル文学賞を受賞。
アルベルト・アインシュタインと親交があり、核廃絶に対する共通の
想いから「ラッセル=アインシュタイン宣言」を発表した。この宣言が
パグウォッシュ会議の開催へと発展した。


数学者・論理学者として出発し,哲学者としてヘーゲリアンから経験論者
に転向,以後その主張はかなりぶれがあったものの基本的にはモノ的対象
を基礎とした現象主義もしくは随伴主義的唯物論をとる. そののち,
教育学者・教育者・政治運動家としても活躍する。


ラッセルは生涯で4度の結婚した。最後の結婚は80歳の時であった。
ツバメ去る
2007年09月16日
駅からの帰り道に燕の巣があり
卵から羽化したばかりのころから執拗に観察してきた。

だんだん大きくなったかと思うと
一週間ほど前 突然成長のような体になり

ついに今朝 巣立ってしまった。


生き物のいなくなった燕の巣はひどくさびしい。


今日そこへいくと
そこの住人らしきおじさんが

さびしそうに巣を見上げていた。

私が同じように覗き込むと

「巣立った」

とポツリといった。

初対面である。


「4匹巣立ちましたか」

とわたしは聞いた

 前に、もともと4匹だったのが3匹になっていたのを見たような気がしたからである。

「いや、一匹は巣から落ちて死んだ。だいぶ大きくなっていたのに。一度落ちたら、人間が巣にあげてやっても駄目」



きのう巣立とうとしてたんだけど、雨だったからお休みしたんだね。



と最後に教えてくれた。


そうだ、昨晩の夜ふけにみたら、みんな巣の狭さにぎゅうぎゅうになって折り重なって尾を出して寝ていたのだ。



巣立った三匹は、なんとまだ近くの電線にとまっていた。

まだ自力ではえさを取れないようだ。





やつらみたく
寡黙に生きられたらねえ。
NYで仕入れ
2007年06月22日
あと3日の滞在予定

こちらは以外に寒い!
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